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1998年 ARTAに所属
前年度の鈴鹿レーシングスクールで優秀な成績を収めることができたことと、全日本カート選手権FSAクラスのタイトル獲得により鈴木亜久里さんのチームに誘われ所属することになりました。
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1998年4月18〜19日 筑波サーキット
初走行の筑波サーキットで予選2番手の決勝セカンドポジションを獲得。カートコースに似たコンパクトなコースのため、そんなに難しくない印象だったので果敢に攻め好結果がでたようです。
決勝はスタートでつまずき最終的に7位でチェッカーとなりました。 |
1998年12月15〜16日 鈴鹿F3合同テスト(Racing on 285号より)
12 月15〜15日に鈴鹿でFニッポンの特別走行会が開催されたが、その2日目には日本F3協会主催のF3合同テストも併せて行われた。ただし、マカオGPに出場したトムスや戸田レーシングチームら4チームは、入管作業の遅れにより参加できず。それでも15チーム21人のドライバーが参加。パドックはにぎわいを見せた。その中で最も注目すべきは、童夢が持ち込んだダラーラのニューマシン、F399だ。99 年からの安全規定に対応させたそのルックスはいかにも大柄ながら、モノコック、足まわりともに剛性は極めて高そうで、シェイクダウンにもかかわらず金石年弘のドライブでトップタイムとなる2分0秒65をマークした。
なお、童夢のピットには鈴木亜久里の姿もあったことから、どうやらF3に関し、ARTAの活動は童夢とのジョイントで行われるもよう。 |
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1999年12月4〜15日(第1回コリアGP)
マカオGPの翌週に開催されるコリアGPに急きょ、イタリアのプレマチームから出場することになりました。
予選1回目は車を壊さないよう慎重に走った結果は総合18位でした。しかし、このコースはカートと同じようにブレーキングで向きをかえる感じで走る部分が多いので、結構面白いし予選2回目にファイトすることにしました。その結果セッション後半にニュータイヤに履き替え、フロントフラップを少し調整してもらったら、3ラップほどでトップタイム。その結果、予選は偶数組のトップを獲得することができました。
決勝は、第1レグ・第2レグともトラブルが発生し、総合5位という結果でした。
トラブルは仕方ないですが、世界の強豪と走ってみて、自分が負けていないと感じ、すごく自信になりました。(写真はプレマチームとチームメイトはイタリア王者のサンドバーグ)
今回の初海外遠征は、色々なことが学べ、2000年に飛躍する何かがつかめたような気がします。また、今回プレマスタッフとのジョイントに尽力してくれた伊与木さん本当にありがとうございました。 |
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2000年8月6日 オランダ・ザントフールト
マールボロ ・マスターズ ・オブF3で
日本勢最高位の5位に入賞しました
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2000年 ニュルブルックリンク
第6ラウンドが8月19日と20日、ドイツのニュルブルクリンク
で行なわれ、第11戦はS.ムックが、第12戦は金石年弘が初優勝
を飾りました。 |
2000年
第47回マカオ・インターコンチネンタルF3カップ
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最終戦までもつれたチャンピオン争いでしたが念願のタイトルを獲得することが出来ました。最後まで応援してくれた大勢の人達に感謝します。 |
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2001年 7月7〜8日第10戦
NORISRING優勝 |
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2001年9月8〜9日第17戦 A1-RING
優勝で再びチャンピオン争いのトップに |
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